賢者の釣り道具 The Tackle of the Magi      O・ヘンリー先生、ごめんなさい…
 


第一章 デラの思いやり

 デラは迷っていました。今日はクリスマスイブ、夫のジムへプレゼントしたいものは決まっていました。

 彼女の夫のジムは、スルメ釣りが得意です。彼のシャクリはスルメを惹きつける十分な魅力を持っていて、船の上でも彼のシャクリの腕前は他客の注目になることがしばしばあります。でも、最近の彼の表情は冴えません。それは、新しい釣り方で、電動直結釣法というものが登場したからです。電動リールを使ってガンガンとツノを躍らせるこの釣りは、誰でも楽にスルメを釣ることができますし、ベテランがこの釣り方をすれば、これまでより多くの釣果を得ることができるのです。

 しかし、ジムは電動リールを持っていません。彼が電動リールを持っていて、電動直結釣法をすれば、船に乗っている人のなかで、もっともたくさんスルメを乗せることができるのに…、デラはため息をつきました。クリスマスプレゼントでジムに電動リールを贈りたい、しかし電動リールを買うにはへそくりが足りません。

 デラの頭に、ある考えがひらめきました。しかしその考えは彼女に逡巡を与えるものでした。しばし迷った末、デラの表情は意を決したものに変わり、タンスの中から小箱を取り出したのです。

第二章 ジムの思いやり

 ジムは迷っていました。妻のデラへのプレゼントを買いたい。しかし、おこづかいはすべて船代に消えて、手元には1ドル87セントしかありません。

 彼の妻のデラはアオリ釣りのスペシャリストでした。彼女の餌木を選ぶ眼は誰よりも正確で、潮の濁りや光の具合、それに彼女の天性の勘でアオリの活性を判断し、その潮の状況にベストマッチする餌木を選択して、毎回毎回、他の人を驚かす釣果を上げていたのです。

 しかし、ジムはデラが悩んでいることに気づいていました。昨年から、アオリに長竿を使う釣り人が急増したのです。長竿を使ってビリビリしゃくることにより、餌木にはこれまでにないアクションが与えられるのです。デラがどんなに餌木選びの達人であっても、長竿釣法の前にはかないません。今年に入ってから、デラが時おり寂しそうな表情を浮かべるのは、彼女が持っている竿が1.3mしかないためだということをジムは知っていたのです。クリスマスプレゼントは、デラに長竿を贈りたい、ジムは常々そう考えていました。
 しかし、ジムの所持金で出来る手段はひとつだけです。ジムは決意と共に、ロッドケースを手にとりました。

第三章 クリスマスイブ

 デラはジムが仕事から帰ってくるのを待っています。テーブルの上にはワインとフランスパンが置かれ、コンロにはこの日のために特別に奮発した松阪牛のタンシチューが良い香りを放っています。
 「今帰ったよん、メリークリスマス」いつものような能天気なジムの声が響きます。
 「おかえりなさい、メリークリスマス」、明るくデラが迎えます。

 「デラ、さっそくだけど、君へのクリスマスプレゼントだ」。1.5mほどの長い筒は、丁寧にラッピングされていました。「開けてごらん」、ジムの言葉に従い、ラッピングを外したデラの口からは驚きの声が漏れました。
 「まあ、アオリ用の長竿じゃないの!」彼女がこれまで喉から手がでるほど欲しかった竿なのです。「でも、こんなに高い竿を買う余裕がよくあったわね、あなた船代でおこずかい全部使っているのに」。
 「君のためにね、僕のイカ竿を売ったんだ。そしてこのアルファタックルのアオリ長竿を買ったんだよ」
 「まあ!こないだLDBガイドに総交換して、さらにダブルラッピングまでしてカスタマイズしたあの竿を売ってしまったの」
 「ああ、それでも君がこの長竿でアオリをバンバン乗せることの方が大事さ」
 「おぉ、ジム。愛してるわ。でも…、私からのプレゼントはこれなのよ」


そう言って彼女はテーブルの上の箱を彼に渡しました。
  「空けてみて欲しいの」
箱を空けたジムからは、驚きの声が上がりました。
 「こ、これは電動リールじゃないか。こんな高価なものをどうして? …ま、まさか…?」
 「そう、餌木を売ったのよ、ヤフオクに出したら高く売れたわ」
 「せっかくこれまでコツコツと集めたのに…半田丸も何本もあったのに…。
  おぉ、そこまでして君は僕に電動直結釣法ができるようにしてくれたのか」


 「ジム、せっかくアオリの長竿をもらったのに、私には餌木が無くなったわ」
 「僕はせっかく電動リールをもらったのに、イカ竿を売ってしまった」

ジムとデラは愚かな贈り物をしたのでしょうか?いいえ、そんなことはありません。相手のことを思いやり、相手を喜ばせるための自己犠牲の精神、これは「人は釣れなくても自分だけは釣ってやろう」という人様を出し抜くことだけを考えている、欲深きツリオヤジ達にもっとも欠けている精神なのです。そして、この二人のような贈り物こそ、賢ツリオヤジの贈り物と呼ぶに相応しいのです。

PS:
 ジムとデラはこの後に不遇を撥ね退け、マルイカ釣りにエポックメイキングをもたらす電動長竿釣法を開拓するのですが、それはまだまだ先の話になります。

inserted by FC2 system